kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出

機動戦士Zガンダム カミーユ・ビダンについて・2

Zガンダムについて数多く書き続けているんですが、カミーユのことには触れるのをさけてきました。

前回のちょうど、昨年の9月に書いた記事も富野監督のインタビューを引用したもので、カミーユに対しての自分の思いや考察などは述べませんでした。1年経ってようやく考えられるようになったのだと思います。

自分で何故だろうと考えた時に、カミーユの記事として書く時には、どうしても手が止まってしまっていたんです。大のZガンダム好きでカミーユについての考察が放ったらかしなのは何故か?


カミーユはZガンダムの主人公で、Zガンダムのパイロットでもあるのですが、強烈な前作のインパクトのあるシャアとアムロもいて、さらに強力なニュータイプのパプテマス・シロッコ、次作のガンダムZZでの中心的な敵ヒロイン、ハマーン・カーンと綺羅星の如く輝くキャラクターの中にいるから、彼の存在を強く考えることが私にとっては未だに、Zガンダムにおいて確固たるイメージが出来ていないからなのだと思います。

しかもカミーユは最終回で死んだも同然の姿となってしまいます。

だから私の中でカミーユはレクイエムに近いものがあるんですね。


ガンダムの主人公は、ファーストのアムロ・レイ、Zガンダムのカミーユ・ビダン、ガンダムZZのジュドー・アーシタ、そして再び「逆襲のシャア」のシャア・アズナブル(アムロ)と主人公が移り変わりますが、僕が思うに実はキャラクターとしては一番複雑な立ち位置にあるのがカミーユ。

富野監督もカミーユの扱いは、他の主人公とは違いキャラクターを酷く難しく設定してあります。

あまりに繊細な心を持ち、その自らが持つニュータイプの能力に精神を完全破壊してしまう。


シロッコが「貴様の心も一緒に連れていく...カミーユ・ビダン...」と言って死んでいったのでシロッコの強烈な死の無念なる負の波動が、カミーユの心を取り込んでしまったとも考えられますが。


やはり最後数々の人々を失い、精神を病んでいきシロッコを倒す為に死者の魂を自身に呼び込んで決着をつけたことが発狂させたトリガーなのでしょう。

その代償(シロッコを倒すこと)としてカミーユは心(精神)を失ったと考えた方が納得のいくものです。


劇場版Zガンダムでは新解釈されて、主人公としてしっかりグリプス戦役を戦い抜きましたが、私はガンダムファンとしては劇場版Zガンダムは考えない派です。そうなると「ガンダム-THE ORIGIN-」も別なストーリーとして見てしまうんですが。

だからZガンダムを考えてブログ回顧記事を書く時は1985年放送のテレビ版を主体に書いています。もちろん富野先生の小説版Zガンダムも読んでますが、内容が違ってきますので記事にはしてません。


カミーユに託して逝った者達

Zガンダムでは思い入れの強かった数多くの人々が命を落としていき、ガンダムの主人公の中では一番傷付いたのだろうと思います(ここでのガンダムとはファーストから逆シャアまでのことしか書きませんので)。

仲間やライバルを失った数は多く、その度に精神を削っていったカミーユ。度重なる戦いと多くの人との悲しい死別が心を蝕んでいった。

始まりは母の死、そして父の死とカミーユは死に魅入られた悲劇のニュータイプとでも言えよう。

そんなカミーユの心の隙間を埋めるように女性を求めた。


ライラ・ミラ・ライラ、エマ・シーン、レコア・ロンド、フォウ・ムラサメ、サラ・ザビアロフ、ロザミア・バダム、そしてファ・ユイリィと数多くの女性の心の中へ入っていった。

それは初めに母ヒルダ・ビダンを失ったマザーコンプレックスから来るものである。

エマが初めにそれをズバッと突いたものである。

母を失った途端にレコアに気を寄せ、エマにフラつき、年上の女性に母性を求めるところがそのまま見て取れる。

それは唯一孤高の女帝ハマーン様をも誘惑しそうになった時に共に見た、「人は分かり合える」でカミーユの深層心理に見たものは、やはり「優しい母親の姿」であった。


そして思いっきり愛した女性、フォウの優しさに“カミーユ”というのは“女の子の名前”というコンプレックスを打ち明け、名前を持たない彼女に中へと入り、ゆっくりと融けてそして消えていった。


カミーユになれないところに私達の幸せを見る

カミーユはとても不思議な少年であった。それは、カミーユに憧れる僕自身がいた。

登場時は聞こえもしない遠い場所から、ジェリドが呟いた言葉「カミーユ?なんだ、男か。」に反応して、ティターンズというエリートをぶん殴りに行くという挙動はまさに不思議な少年を見るところだ。

ガンダムマークⅡに乗って自分を捕え、一方的に暴行をしたMPをバルカンで復讐するという暴挙に、テレビの前のチビッ子は「あれ?」と思ったに違いない。少なくとも私は思った(笑)。

そして赤いモビルスーツ、リック・ディアスに乗った会ったこともないクワトロを信用して自分が住むコロニー、グリーン・オアシス(グリーン・ノア1)を離れ、宇宙に出るという突拍子の無い思い切りの良さ?普通じゃ考えられない行動である。

何故こうも不思議な少年だったのだろうか?人は不思議さに憧れるものがある。人の心は複雑で不思議だし、もっとも宇宙とは不思議に満ちあふれている。


カミーユの両親が死んだ時にクワトロから「シャア・アズナブルという人のことを知っているかな?」と聞かれて、

カミーユ「尊敬してますよ。あの人は両親の苦労を一心に背負ってザビ家を倒そうとした人です。でも組織に1人で対抗しようとして敗れた馬鹿な人です」と答えたが、

クワトロ「正確な評論だな…が、その言葉からすると、その人の言うことなら聞けそうだな…その人はカミーユ君の立場とよく似ている。彼は個人的な感情を吐き出すことが事態を突破する上で一番重要なことではないかと感じたのだ」

カミーユ「聞けませんね、僕にとってはエゥーゴもティターンズも関係ないって言ったでしょ!大人同士の都合の中で死んでいった馬鹿な両親です。でもね、僕にとっては親だったんですよ!」

とキレるカミーユ。

クワトロが君は自分と似ていると言ったように、ある種カミーユを自分と同じ境遇に仕立て上げ、戦士として育てていずれ自身が立つ時の同志としたかったのではなかったのではないかと思えるほどよく似てる。


Zガンダムでのカミーユがクワトロ、シャア・アズナブルを慕う姿は最後上手くいけば、「If」として考えたとしたらカミーユはシャアの師弟関係を築き、「逆襲のシャア」でアムロと敵対していたら...と個人的に想像をしてしまう。

それほどにシャアとカミーユのコンビネーションはよく素晴らしかった。だから僕はZガンダムが一番好きなんです。


ハマーン様に俗物呼ばわりされたカミーユだったが、俗物では無かった。現にハマーン様はカミーユと戦った後で「倒すべき敵、それはカミーユ・ビダン」と認めていた。カミーユ、彼はその超人的で不思議なニュータイプ能力を持っており、それゆえその精神力の強さはとても苦しみを伴った。

弱さとは何と素晴らしいことか!そう、カミーユにはなれない...これはとても幸せなことなのである。


アムロとジュドー...そしてシャアへ...

カミーユは7年間眠りの中にいたアムロと地球で出会い、周囲からアムロと比較されアムロに周りの期待に答えるにはどうしたらよいか?アムロからの意見を求めた。だが、アムロからその答えは聞かれなかった。


グリプス戦役でカミーユは精神崩壊をし、ガンダムZZでは自らがやり残したことをジュドーに託した。


そしてカミーユのパートナーは幼なじみファ・ユイリィであり、アムロとジュドーとは異なってガンダムの3人の主人公の中で唯一幼なじみと生涯を過ごすこととなる。

アムロは初登場、フラウ・ボウが幼なじみであったがその後は数々の恋の遍歴でフラウとは別の道を歩んだ。


ジュドーもまた彼を想っていた幼なじみのエルや妹のリィナ、プルなどとは縁もなく、結局ネオ・ジオン抗争終了後に木星へ一緒に行ったルー・ルカと恋に落ちたと思われる(ここは不明)。


そしてやはりカミーユはシャアから学んだところが大きい。

クワトロ「一昔前の人々はこの何倍ものGに耐えながら宇宙に出た」

カミーユ「知っています」

クワトロ「彼らは宇宙にこそ希望の大地があると信じた。自分達を宇宙へ追いやった地球のエリート達を憎むことより、その方が余程建設的だと考えたのだ。地球の重力を振り切った時、人は新たなセンスを身に付けた。それがニュータイプへの開花へと繋がった。そういう意味では確かに宇宙に希望はあったのだ」

カミーユ「よくわかる話です。僕もその希望を見つけます。それが今、僕がやらなくちゃいけないことなんです」

カミーユ(そうしなければ、フォウは僕の中に生き残ってくれない)

カミーユは最終的にシロッコを倒すことは出来たが、希望を見い出せず、新たな価値の創造を作ることは叶わなかった。


☆ここまでお読み頂きましてありがとうございます。


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