kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出

令和元年の夏から旅へ

札幌の夏は短い。

だが過ごしやすくて良い。

多少暑い夜ならば扇風機で事足りるし、ほとんど使うこともない。

実は5月の終わりで未だに朝夕はストーブを点けてる。

なんと、まだ寒いのである。このアパート自体おかしいのだろうか?でも夕方になれば外の風は冷たい。

あと少しで6月。なんと!もう今年も折り返し地点ではないか!

急いで〇〇〇をせねばならない!

そして「旅立つ」のだ!


奥の細道

序章〜全文

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらへて、老いを迎ふる者、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住む方は人に譲り、杉風が別しょに移るに、草の戸も 住み替はる代ぞ ひなの家 表八句を庵の柱に掛け置く」


『現代語訳・1』

月日は永遠に旅を続けるような旅人であり、毎年きては去る年もまた旅人のようなものである。舟の上で一生暮らす人や、馬のくつわを取って老いを迎える人は、旅そのものを毎日住み家としている。昔の人も旅の途中で多くの人が死んだ。私もいつ頃の年からか、ちぎれ雲が風に誘われて漂うように、旅をしたいと思うようになり、漂泊の思いやまず、海辺の地方などさすらい歩きたく、去年の秋、川のほとりの粗末な家に、くもの巣を払って、しだいに年も暮れ、春になると、霞の立ち込める、空の元で白河の関を越えようと、そぞろ神が私に乗り移って、心をそわそわさせ、道祖神に招かれているように、何事も手につかない。そこでももひきの破れをつくろい、笠の緒をつけかえて、三里に灸をすえて松島の月が気になり、住んでいた家は人に譲り、杉風がもっていた別しょに移った。

草の戸も 住み替る代ぞ ひなの家(住む人が代わり、ひな人形もかざり、賑やかな家になるだろう)と句を読んで、この句をはじめに表八句をつくり、庵の柱に掛けておいた。


『現代語訳・2』(わかりやすく)

月日は百代という長い時間を旅していく旅人のようなものであり、その過ぎ去って行く一年一年もまた旅人なのだ。船頭のように舟の上に生涯を浮かべて、馬子のように馬の轡(くつわ)を引いて老いていく者は日々旅の中にいるのであり、旅を住まいとするのだ。西行、能因など、昔も旅の途上で亡くなった人は多い。私もいくつの頃だったか、吹き流れていくちぎれ雲に誘われ漂泊の旅への思いを止めることができず、海際の地をさすらい、去年の秋は川のほとりのあばら家に戻りその蜘蛛の古巣をはらい一旦落ち着いていたのだが、しだいに年も暮れ春になり、霞のかかった空を眺めていると、ふと白河の関を越して見たくなり、訳もなく人をそわそわさせるという、そぞろ神に憑かれたように心がさわぎ、道祖神の手招きにあって何も手につかない有様となり、股引の破れを繕い、笠の緒をつけかえ、三里のつぼに灸をすえるそばから、松島の月がまず心にかかり、住み馴れた深川の庵は人に譲り、旅立ちまでは門人、杉風(さんぷう)の別宅に移った。

草の戸も 住み代わる世ぞ 雛の家(戸口が草で覆われたこのみすぼらしい深川の宿も、私に代わって新しい住人が住み、綺麗な雛人形が飾られるような華やかな家になるのだろう)と発句を読み、表八句を庵の柱に書き残すのだった。

有名な松尾芭蕉の「奥の細道」です。現代語訳でも難しいものや、わかり易いものと色々とあるものです。言葉ひとつひとつのニュアンスで違ってきます。


最近昔のドラマにハマってまして、火サス(火曜サスペンス劇場)や、松田優作主演ドラマ松本清張の「断線」とか、平成じゃなくて、「昭和」のドラマが面白い!

そして良かったのが、

「松本清張の“殺人行おくのほそ道” 土曜ワイド劇場 」(1983年)

なかなかどうして、面白かったですね。主演は竹下景子で鹿賀丈史も出演。私はね、鹿賀丈史さん大好きなんです。

内容はざっくりそのまま「奥の細道」をゆく、サスペンスミステリーですね。竹下景子役・倉田麻佐子は松尾芭蕉弟子の一人、河合會良(かわいそら)と辿った同じ旅をします。そして鹿賀丈史役・ゴローと、江戸〜白河の関〜仙台〜平泉〜山形〜酒田〜新潟と北国の旅をゆきます。

旅の途中トラブルに巻き込まれた麻佐子は、自分の出生の謎を明らかにする為に、彼女は何度も何度も東京-東北、また京都-北陸と往復に往復を重ねて、やっと出生の真実を知ることになる。そこには悲しい現実が待っていました。彼女は「親不知」(おやしらず)で真実を知り涙し、エンディングはこちらも涙を誘われました。


さて、「奥の細道」序文冒頭から「人生は旅である」という芭蕉の人生観を掲げ、それを表現するために実践した旅だったのでしょう。

仕事をしないで思うままに各地を旅する。また仕事も人生における旅であり、かの偉人達も「人生は大いなる暇つぶしである」と言ったように、仕事が辛い、やりたくないと思えば辞めれば良い話。

しかし仕事こそが人間として生きる最大の生きがいであり、幸せであり、それこそ最大の暇つぶし、退屈しのぎだということに気づく。

人間何もすることがなく、やる気もなく、目標も何もなく、目先のことに溺れ、日々ラクをして遊んでいると、本来人間がもっている機能や能力がどんどん退化していって、死にたくなったり、この世から消えてしまいたくなったり、そして「鬱」になる。

昔の人は長旅を歩いて旅した。

それこそ辛い道のりだったでしょう。

現代の旅なんかは飛行機だったり、新幹線だったり、豪華客船だったりと、お金さえ出せば簡単な旅が出来ます。それはそれで素晴らしき旅です。

しかし、そこに真の旅(人生)の姿は見えて来ない。

芭蕉が言ったように、人生は旅であり、人生は時に素晴らしいこともあるが、大抵は辛いものである。人生の道とは簡単な一本線の道ではなく、茨のようにぐねぐねし絡み合うような複雑で困難な道である。

一本引かれて用意された長い道のりの人生を歩んでいる人は、酷く疲れていてつまらなく、退屈なものであろう。

失敗しまくって、転んで痛い目にあって、ゆく道ゆく道迷いすぎて、あっち行ったり、こっち行ったりするのが人生の楽しみ方なんじゃないかと思う。

長く険しく厳しい全行程約2,400km、7ヶ月間という旅を達成してこそ、芭蕉の数々の有名な俳句がうまれた。そこには「覚悟」があったに違いない。

人生も「覚悟と決断」である。

私も短くもあり、長く感じるかも知れない今年の令和元年の夏を有意義に過ごさねばなるまいに。

☆最後までお読みいただきましてありがとうございます。