kemoxxxxxの日記

kemo cityからの脱出

1994年 アエロフロート593便墜落事故

旅客機墜落事故の中でも悲惨なケースとなったこの事故。

1991年ソ連崩壊後のロシア国営航空アエロフロートは当時のエアバス最新鋭機機A310-304機を購入。

ソ連時代のアエロフロートはツポレフ、イリューシン、アントノフ、ヤコヴレフなど自国で開発生産していた航空機材だった。

現在の保有機種はエアバス、ボーイング、スホーイで構成され、西側機材は全てリースで賄われている。

そんな当時新型エアバス機A310-304型はオートパイロットを搭載していた。これがボーイング機だったら、また話は違ったかも知れない。

エアバス機はほとんどの機能をオートパイロットで運行出来るが、ボーイング機は緊急時にパイロットが操縦して飛行することが出来る。


─ 時は1994年3月22日モスクワ発、香港着のこのアエロフロート593便は緊急事態を伝えないままにシベリア、アルタイ地方にて消息不明となった。

そして乗客63名、乗員12名合わせて75名は全員死亡が確認された。そしてなんとコックピットにいたのは子供だったのが分かった。


子供に罪はない

アエロフロート593便はモスクワ〜香港と長距離便のため機長は副操縦士ら3名により交代で運航。

たまたま交代機長の娘と息子が同乗、なんとその時に交代機長は娘と息子を操縦席に座らせます。いくらオートパイロットとはいえ、万が一の場合を考えたら操縦席に自分の子供を座らせるとは普通では考えられません。

大勢の乗客の命を預かる機長の行動とは思えませんね。

フライトレコーダーから、ロシア語で正確な会話は聞き取れませんが、子供達はやはり楽しそうです。

最初に娘が操縦席に座ったのですが、彼女は操縦桿を触らなかったようです。

次に息子である少年が座りました。正確にはこの少年はパイロット達が目を離している際、彼は操縦桿を30秒間位の間いじってたと思われます。

この少年の行為が、まさかエアバス機の自動操縦システムコマンドを入力し、自動操縦の一部を解除したとは誰もが思いもよらなかった。

しかしこの機体は当時エアバス最新鋭機オートパイロット、自動操縦システムで全て飛行は管理されていて、例え操縦桿を触って針路を変えたとしても自動操縦システムがしっかりと針路を修正してくれるはずでした。

だがやがて機体は異常な反応を示し、機体はどんどんと右に傾き始めます。


オートパイロットなのに何故?

この当時最新鋭機エアバスA310-300の自動操縦システムの一部を解除する入力コマンドは、機長達には知らされていませんでした。

傾きながら姿勢指示器も異常を示す中、息子はおかしいと訴えますが、機長は待機旋回姿勢だと誤って認識してしまい、すぐに傾きの姿勢をなおさなかったために機体は一気に45度を超えて降下が始まります。

機長達はパニックに陥ります。

そう、先程言ったように息子が操縦桿で操作したのは、自動操縦システムの一部解除コマンドでした。なので完全に自動操縦システムが死んでいたわけではありませんでした。

ですから593便の自動操縦システムのコンピューターは機体が降下しているのを察知して、自動に機首を一気に上げて機体の高度を安定させようとします。

この自動操縦システムの発動により機体は一気に加速して、コックピットと機内は強烈なGが発生し、コックピット内の乗員達は動くことさえ出来なくなります。

この時点で操縦席に座っているのは息子。

機長が息子と席を変わるのは不可能な状態までになってしまいます。なんせ動くことが出来ないからです。

隣りに座っていた副操縦士が懸命に操縦桿を操作し、何とかして墜落を防ごうと必死に努力する様子がフライトレコーダーから聞こえます。

しかしエアバスA310のシステムコンピューターは副操縦士の操作よりオートパイロットのシステムを優先してしまいました。


機体は墜落へ

機体が傾き続ける中、なんと自動操縦システムも全解除。そのため機体はさらにストール(失速)し、同時にエアバスA310の安全システムが作動して失速を回避すべく、593便のシステムコンピューターは急降下を始めて自動的に速度上げようとします。

そのため、さらに強烈なGがコックピット内を襲い、息子も操縦席から離れられることができません。

副操縦士は降下を避けるために、操縦桿を握り機首を上げようとしますが、もはやアンコントロールのため機首が上がり過ぎて593便はさらにストールをします。

この時のストール時にやっと機長は息子と操縦席を交代、しかし593便は錐揉み状態になり、真っ逆さまに急降下をしていきます。

最後、機長と副操縦士のの必死な操縦により機体はやや水平状態になりましたが、目の前には山岳地帯が。高度は上げられずに593便は山壁に激突し墜落しました。

事故調査委員会は墜落の検証で副操縦士が降下を避けるための行動、つまり機首を上げたことにより、ますます最悪の事態を招いたのではないかともいわれています。

もし副操縦士がストールする前に操縦桿を触らなければ、墜落は回避できたかも知れないと調査結果を出しましたが、この操作方法についてもパイロット達には教えられていない操作だったのです。さらに自動操縦システムの解除方法も教えられていなかった。

偶然からこうなったのか?はたまた必然性に起きた悲劇か?

まず大きな事故要因は第一に子供をコックピット内に入れたこと。

そしてたまたま息子の操縦行為が自動操縦システムの解除コマンドを入れてしまったこと。

また、その方法と自動操縦システムの一部解除されていることがパイロット達は気づけなかったこと。最初の失速時に機長と息子が操縦席を交代しなかったこと。最終的にパイロット達の操縦についての教育がなされていなかったことでありました。

機長の無責任な行動により75名の死亡者を出しました。乗客からしたら全く無念なことであります。

惨劇のアエロフロート593便墜落事故で、亡くなった乗客乗員にご冥福をお祈り申し上げます。

☆最後までお読みいただきましてありがとうございます。